竿燈まつりについて

竿燈まつりは、真夏の病魔や邪気を払う、ねぶり流し行事として宝暦年間にはその原型となるものが出来ていたという。

現在残っているもっとも古い文献は、寛政元年(1789)津村淙庵の紀行文「雪の降る道」で、陰暦の7月6日に行われたねぶりながしが紹介されている。このときにはすでに秋田独自の風俗として伝えられており、長い竿を十文字に構え、それに灯火を数多く付けて、太鼓を打ちながら町を練り歩き、その灯火は二丁、三丁にも及ぶ、といった竿燈の原型が記されている。

県立公文書館蔵「風俗問状答」
県立公文書館蔵「風俗問状答」

元々、藩政以前から秋田市周辺に伝えられているねぶり流しは、笹竹や合歓木に願い事を書いた短冊を飾り町を練り歩き、最後に川に流すものであった。それが、宝暦年間の蝋燭の普及、お盆に門前に掲げた高灯籠などが組み合わされて独自の行事に発展したものと言われている。

竿燈の説明図

ねぶり流しは、五穀豊穣や技芸上達を願って翌7月7日に行われる七夕とともに、陰暦7月15日のお盆を迎えるための一連の行事でもあり、厄よけ、みそぎ、五穀豊穣などを願う現在の竿燈の形が除々にできあがっていった。

  長さ
(m)
重さ(kg) 提灯の
大きさ
(cm)
提灯の数
大若 12 50 64×45 46
中若 9 30 48×36 46
小若 7 15 48×36 24
幼若 5 5 30×21 24
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